ホストファミリーには小学生の子供が二人いた。
シャイなお兄ちゃんと、おてんばな妹
妹の方は私にとても懐いていた。
赤毛のアンになんとなく雰囲気が似ているから「アン」と呼ぶ。
彼女は本当に元気で明るくて、おもしろかった。
ある時など、小さな青虫を手のひらに包んで私の元へ持ってきた。
私は家中に響き渡る大きな悲鳴をあげて、椅子から転げ落ちた
「こ、、こっちに来ないで」
ニヤリと笑って彼女は、大きく一歩私の方に近づいてくる。
「ぎゃあ〜〜〜〜〜〜っ」
またしても悲鳴をあげる。
ニョロニョロと動く生き物が私は大の苦手だ。
「どうしてそんなに怖がるの?噛みついたりしないよ?」
青虫を撫でながら彼女は去っていった。
あれを触れるなんて・・・
信じられない・・・
2度と私の部屋に持ってこないで。
真顔で彼女に言った大人気ない私。
週末の朝になるとバックストリートボーイズの音楽が大音量で流れる。
そのうちにどすんどすんとアンが踊り出す。
せっかくの休みなのにと思いながらも、バックストリートボーイズが流れない朝はなんだか寂しい。
今でもあの曲を聞くたびに彼女のことを思い出す。
ある日、友人と電話で話しているとアンがやって私の背中に絡みつき
お腹をぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅっと押す。
その度に私はうっ、うっ、うっとなり、電話の相手が「何してるの?」と怪訝そうに聞いてくる
「ホストファミリーの、、うっ、、子が、、、うっ、、うっ、遊んでるの」
彼女はいたずらするのが大好きだ。
またある日のこと、アンが見て見て〜と小さな歯を持ってやってきた。
乳歯が抜けたようだ。
「Tooth Fairy来るかな?」
と目をキラキラさせて言う。
「Tooth Fairy?」
私が聞くと、
「Tooth Fairyだよ、Tooth Fairy!知らないの!?」
と衝撃を受けていた。
なんでも、カナダでは歯が抜けたら枕の下に置いて寝るのだそう。
そうすると夜中にTooth Fairyがやってきてコインに変えてくれるのだとか。
「コイン」というのがなんとも現実的だけど、可愛らしい。
そこで私はこんなことを言ってみた。
「日本にはTooth Fairyはいなくて、私たちは歯が抜けたら屋根に向かって投げるんだよ。」
彼女は目をまん丸にして、口をあんぐり開けてかたまっていた。
思わずプププっと笑ってしまった。
翌朝、見て見て見て〜とTooth Fairyにもらったコインを持ってきた彼女。
「日本にはTooth Fairyがいなくて、あなた本当にかわいそう。」
真顔でそう言う彼女に、私はまたしてもプププっと笑ってしまった。
アンとホストマザーとナイトショッピングにいく時は、
マクドナルドで小さなソフトクリームを食べるのがお約束だった。
バンクーバーの夜景を眺めながら、3人でソフトクリームを食べているとき、
「ああ、この瞬間を一生覚えておこう。」
そんなことを考えていた。
私が日本へ帰ることになった時、アンはなんとなく機嫌が悪そうだった。
お別れのプレゼントに、彼女と一緒にたくさん撮った写真をアルバムにして渡した。
彼女は1枚1枚丁寧に眺めながら、泣きそうな顔をしていたけれど泣くことはなかった。
日本に帰る日。たくさんのプレゼントと手紙をもらった。
出発ロビーで手紙を読みながら、涙が次から次に溢れた。
本当に出会えてよかった。
日本に帰国してからホストマザーがメールで教えてくれた。
アンは私が帰国してから2週間毎日泣いていたと。
あの小さかった少女も今では立派な大人の女性だ。
会ってみたいような、気もするけど、ずっとあのおてんばな女の子のままでいてほしい気もする。
最後に会った時、また必ず戻ってくると約束した。
それなのに私は戻ることができなかった。
そのことを思うと胸がちくりと痛む。